サラマンドラの水槽

μία γὰρ χελιδὼν ἔαρ οὐ ποιεῖ, οὐδὲ μία ἡμέρα. (Arist. EN. 1098a18-19)

斎藤憲『ユークリッド「原論」とは何か』

 

 

エウクレイデス全集の訳者の一人である、斎藤先生による『原論』の入門書を(だいぶ前に)読みました。

本書では、『原論』第一巻から第五巻までが扱われています。

 

本書の素晴らしいところは『原論』のみではなく、プラトンアリストテレスのようなギリシア哲学者にも目を配っているところです。

それが最もよくあらわれているのが、第7章「語られた数学と書かれた数学」です。

そこでは、『原論』の証明が、『メノン』篇におけるソクラテスの奴隷少年への説明のように、図示しながら対話によって教えられたものであると言われています(esp. pp. 107-108)。

 

また、アリストテレス『分析論後書』を研究している者としては、第2章「数学の論証スタイルの決定版――『原論』第I巻」も見過ごせません。

そこでは、『原論』における作図は、存在証明のために行われるという見解が証明されています(pp. 30-33)。

これは、プロクロス『原論第I巻への註釈』の参照により出てくる見解であり、プロクロスによれば、第I巻命題1は作図によって「正三角形」が存在することを証明することになります。

著者はプロクロスによるこのような解釈をしりぞけるのですが、『後書』における幾何学的対象の存在証明に関する論文を書いていた私にとっては、プロクロスの議論は非常に面白いものです(酒井健太朗「名目的定義と部分的定義――アリストテレス『分析論後書』における探求論――」, 九州大学哲学会『哲学論文集』(49), 2013年9月, pp. 19-35)。

アリストテレスは『後書』で明らかに「『三角形』はその存在が証明される」と述べており、この言明が何を意味しているのかは『後書』研究における一つのトピックです。

今回の論文で、私はThomas Heath (1949) による研究を参照して、アリストテレスが「作図による幾何学的対象の存在証明」を意図していたと解しましたが(ibid. pp. 28-29)、もしこの解釈が正しければ、アリストテレスとプロクロスの数学的対象に対する態度を比較研究することもできそうです。

 

本書は、『原論』の入門書という枠組みに収まらない、哲学的議論を惹起する書物でもあるのです。

 

追記

『原論』における作図と存在証明についての論文として以下のものを教えていただきました。ありがとうございます。

Orna Harai ' The Concept of Existence and the Role of Constructions in Euclid's Elements '

http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs004070200053?LI=true

 

 

関連文献

 

 

Mathematics in Aristotle (Oxford Reprints)

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