サラマンドラの水槽

μία γὰρ χελιδὼν ἔαρ οὐ ποιεῖ, οὐδὲ μία ἡμέρα. (Arist. EN. 1098a18-19)

『分析論後書』を〈研究する〉

『分析論後書』ブックガイド、最後は『分析論後書』を〈研究する〉です。

〈知る〉ことも〈読む〉こともできたら、後は『分析論後書』という難解なテクストを〈研究する〉ことにチャレンジしていただきたいです。

前回と同じく洋書ばかりになりますが、代表的な単著に絞って紹介していきます*1

 

 

原著は1993年。名著の誉れが高かったものの長らく絶版でしたが、3年前にReprint版が出版されたことで手に取りやすくなりました。

他の研究書に比して「註釈書」の側面を半分ほど有する点に特色があります。

RossやBarnesを読んでよくわからない箇所でも、本書を紐解けば解決するかもしれません(さらに混乱する場合もあります)。

また、古代ギリシア数学史への目配りもよくなされています。

 

Explaining an Eclipse: Aristotle's Posterior Analytics 2.1-10

Explaining an Eclipse: Aristotle's Posterior Analytics 2.1-10

  • 作者:Goldin, Owen
  • 発売日: 1996/04/01
  • メディア: ハードカバー
 

副題の通り、『分析論後書』の中でも第2巻第1章―第10章に考察の範囲を絞った研究書。

本書の特色は、ピロポノスらの古註を現代の研究者たちの解釈の源泉として重要視し、先行学説を批判的に検討する「アポリア的章」である第2巻第3章―第7章を詳細に分析するところに求められます。

ただし、丁寧な考察から導出される結論は「アリストテレスは『分析論後書』において、探究対象の論証を構成する際に様々な学問の類を使用している」という大胆で論争含みのものです。

 

GoldinやCharlesのものと異なり、『分析論後書』第2巻の探究論よりも、第1巻の論証理論を比較的重視した研究書です。

その関係から『分析論前書』への言及も多く、特に第3章「論証の論理」や第4章「推論と知識の対象」を中心に読むことで、『分析論前書』と『分析論後書』の関係について多くのことを学べると思います。

現代の数学や論理学への参照も随所に含まれます。

 

Aristotle on Meaning and Essence (Oxford Aristotle Studies)

Aristotle on Meaning and Essence (Oxford Aristotle Studies)

  • 作者:Charles, David
  • 発売日: 2003/02/27
  • メディア: ペーパーバック
 

『分析論後書』第2巻第8章―第10章から、アリストテレスの科学的探究についての「三段階説」(科学的探究は探究対象の意味把握、存在の知識、そして本質や原因の発見という段階を踏む)を抽出し、この枠組を基盤とすることで、『分析論後書』のみならず彼の形而上学そのものも考察していきます。

分析哲学的なアリストテレス解釈のお手本のような研究書と言えます(その一方で古典文献学的知見もふんだんに盛り込まれています)。

分量も多く読み解くのには骨が折れますが、『分析論後書』の最も重要な研究書のうちの1冊です。

 

もっとも最近に出版された『分析論後書』の包括的研究書。

「学習」という観点から、『分析論後書』の一見種々雑多に思われる議論(特に第1巻の論証理論と第2巻の探究論)を統一的に解釈していきます。

理解の困難な「自体性」概念についての説得的な解釈を提出し、その知見を用いて『分析論後書』に含まれる様々な議論に切り込んでいく点に大きな特徴があります。

先行研究もバランスよく紹介されているため、これから『分析論後書』を研究しようとする人はまずこれを手に取るべきでしょう。

ちなみに本書については、『西洋古典学研究』に私が書評を書きました。

ci.nii.ac.jp

 

アリストテレスと形而上学の可能性

アリストテレスと形而上学の可能性

  • 作者:千葉恵
  • 発売日: 2017/07/01
  • メディア: オンデマンド (ペーパーバック)
 

日本語の研究書としては本書を挙げます。

原著は2002年。こちらも絶版状態でしたが、3年前からオンデマンド版が販売されています。

著者の千葉惠先生は、先に参照したDavid Charlesの弟子です。

『分析論後書』に絞った研究書ではありませんが、特にその長大な序章で提示されるアリストテレス方法論についての独自で説得的な解釈は、このテクストを読み解くうえで重要な多くの示唆を与えてくれます。

 

 

最後に、拙著について付言させてください。

本書は、『分析論後書』第1巻の論証理論と第2巻の探究論の両者を「統一的」に解釈するような視座を「知識」という概念に求めました。

このように、何らかの観点から『分析論後書』の議論を整合的に読み解こうとする方向性はBrosnteinの著作と共有されています。

しかし、その観点の違いが、同じ『分析論後書』という著作への異なった解釈の方向性を生み出しています。

すなわち、Bronsteinが『分析論後書』のについて、専門家になるための学習過程を示すものと解する一方で、拙著は専門家の研究活動そのもの(規範的な方法論)を明確化しそれを聴講者に教示するものと理解します。

おそらくこの相違点が、参照するテクストの選定にも影響を与えています(一例を挙げれば、Bronsteinは第1巻第2章72a18-24の基礎措定についてあまり多くのことを述べません)。

 

以上で、『分析論後書』を〈知る〉、〈読む〉、そして〈研究する〉ための情報は一定程度獲得できたと思います。

難解で面白い『分析論後書』にぜひ取り組んでみてください!

*1:したがって、本来であれば紹介すべき以下の研究書や論文集などには触れませんでした。