『分析論後書』を〈読む〉
「『分析論後書』を〈知る〉」から引き続き、ブックガイド第2弾「『分析論後書』を〈読む〉」です。
『分析論後書』はアリストテレスの著作なので、当然、原典は古典ギリシア語で書かれています。
『分析論後書』のギリシア語は(アリストテレスの他の著作もそうですが)難しくはないものの不親切ですので、ギリシア語を読める人であっても、いきなりそこに突入するよりは邦訳から手にとっていった方がいいと思います。
◯邦訳
高橋久一郎先生による新訳。
Barnesの註釈書出版後の翻訳ということに加藤信朗先生の旧訳との最大の違いがあります。
翻訳本文以外にも、脚注、補注、そして解説のすべてが有益。
一読しただけではどのような意図があるのか分かりづらい脚注であっても、再訪すると新しい発見が必ずあります。
また、補注は重要なテクニカルタームや解釈上の争点を明示していますし、解説も『分析論後書』についての先行研究を手際よくまとめています。
まずはこの訳書からスタートしましょう。
1971年に出版されているため半世紀前の翻訳ということになります。
さすがに訳文などは時代を感じさせますが、いまだに参照すべき翻訳です。
Barnesの註解以前の仕事ですので、逆に、その影響下にない解釈を知ることもできます。
旧訳ではあるものの貴重な邦訳のうちの1冊ということもあり、所有できる機会があればそれを逃したくないものです。
邦訳にひととおり目を通し、古典ギリシア語も読める人は原典に向かいましょう。
◯テクスト
Aristotelis Analytica Priora Et Posteriora (Oxford Classical Texts)
- 作者:Aristotle
- 発売日: 1981/05/21
- メディア: ハードカバー
ギリシア語で読む場合、基本的にはこのテクストを使用することになるでしょう。
私の情報不足かもしれませんが、『ニコマコス倫理学』などと違い、このOCT版の校訂についての悪評はあまり聞いたことがありません。
ただし、OCTではなくこちらを使用した方がよいと主張する研究者たちがいます(たとえば国内では、千葉先生のこの論文が第2巻第8章93a4のei estiをBekkerに従ってti estiと読み変えるべしと強く主張しています)。
私もこちらを適宜参照しています。
……とは言ったものの、ギリシア語が読めることはアリストテレスの書く文章を理解できることを必ずしも含意しません。
そこで役に立つのが、文章の意味やそこで使用されている言葉の内実を説明してくれる「註解」です。
以下では、代表的なものに限りこの注解を紹介していきます。
◯註解
基本の基です。OCT版に注解が付いたものと考えればいいと思います。
元は70年前のものですが、現在でも権威ある古典的註解として使用されています。
『分析論前書』のテクストと註解も付いておりお得です。
Posterior Analytics (Clarendon Aristotle) (Clarendon Aristotle Series)
- 作者:Aristotle, Aristotle
- 発売日: 1994/03/24
- メディア: ペーパーバック
Barnesによる註解の第一版と第二版。『分析論後書』研究のメルクマールとなった註解です。
分析哲学的手法で『分析論後書』のテクストをバッサバッサと切っていきます。
多くのテクストについて決定的な解釈を提示しており、Rossのものと同じく必携です。
ただ、解釈が困難な箇所についてはありうる解釈方針を網羅するだけで結論を提示しない場合もあり、これを読むだけで話が終わるわけではありません。
ドイツ語の註解。詳細かつ網羅的であり、RossやBarnesを読んでもわからない箇所や、彼らが解釈を行なっていない箇所をカバーできます。
註解が3部分に分かれているのが特徴であり、章ごとに、その章全体の要約的註、その解釈史、そして個々のテクストについての詳細な註解を含みます。
ちなみに、待てど暮らせど第二版が出版されないことでも有名でしたが、Amazonを見ていると、昨年暮れにそちらもとうとう出版されたようです。
未読どころか未入手なので、早く手に入れなければ……。
20200626追記: コメント欄で、どうやらこれはただの重版であるらしいことを教えていただきました、ありがとうございます。
Commentary on Aristotle's Posterior Analytics (Aristotelian Commentary Series)
- 作者:Thomas, Aquinas, Saint
- 発売日: 2008/01/10
- メディア: ハードカバー
トマス・アクィナスの『分析論後書』註解(ラテン語原典がAmazonに見つからないので英訳を挙げておきます)。
トマスによる議論の要約・整理はさすがに見事なもので、テクストを熟読し現代の諸註解を参照しても文意を掴めない箇所について、この註解を読むだけでその内実が明らかになる場合があります。
また、当然ながら現代の解釈論争とは(800年ほど)距離を取った註解なので、思いもよらない解釈を教えてくれる場合も多いです。
ただ私から見ると、『分析論後書』の議論の中にかなり無造作に質料形相論を導入しているので、そこには注意して読む必要があるかもしれません。
ひとまず、以上の文献を活用すれば『分析論後書』を読みこなせるようになると思います。
いよいよ、『分析論後書』を研究していきましょう!