サラマンドラの水槽

μία γὰρ χελιδὼν ἔαρ οὐ ποιεῖ, οὐδὲ μία ἡμέρα. (Arist. EN. 1098a18-19)

『分析論後書』を〈知る〉

先日、拙著『アリストテレスの知識論――『分析論後書』の統一的解釈の試み』(九州大学出版会, 2020)が出版されました。

 

 

本書では、一見まとまりがないように見える『分析論後書』の内容を可能な限り整合的に読解することによって、アリストテレスの「知識(エピステーメー)」論の内実を明らかにしました。

 

ただ、本書は研究書ということもあり、『分析論後書』についての予備知識をまったく持たない方にとっては(そのような方がどれほどこの本を読んでいただけるのかは定かではありませんが……)読みづらいものであることが予測されます。

また、本書を読んで『分析論後書』を実際に読んでみようと思い立った方が(こちらはさらに少なそうです)道標にできるような情報も、日本語ではそれほど多くありません。 

さらに、本書の議論に納得がいかずそれを反駁しようと考える方は(このような方がいてくだされば、本書は研究書としてかなりの成功を収めたことになるでしょうが)、自身で様々な研究書を読みこなし、『分析論後書』を研究していかなければなりません。

 

そこで、拙著の宣伝も兼ねて、本ブログで「『分析論後書』を〈知る〉」、「『分析論後書』を〈読む〉」、そして「『分析論後書』を〈研究する〉」という3つのエントリを作成します。

 まずは、「『分析論後書』を〈知る〉」です。

 

 

古代ギリシア哲学の専門家でもない限り、『分析論後書』と聞いて「あー!アリストテレスのアレね!!」と即座に連想できる人はそれほど多くないと思います。

逆もまた然りで、アリストテレスの著作として『形而上学』や『ニコマコス倫理学』が挙げられることがあっても、『分析論後書』が示されることは稀です。

 

このような事態が生じている原因は、『分析論後書』を参照する日本語の文献が少ないことにあると思われます。

特に、最近では事情が少し異なるとはいえ、哲学史の教科書においてこの著作の中身が解説されることはほとんどありませんでした。

触れる機会が少なければその対象についての興味を掻き立てられることもなく、興味を持てないテクストをあえて読む人も少ないでしょう。

 

しかし、『分析論後書』は非常に面白い「哲学書」であり、後世の哲学史科学史に与えてきた影響力も甚大です。

 

そこで、本エントリでは、『分析論後書』について触れている日本語で読める文献を6点ピックアップして簡単にご紹介します。

どの本も、基本的には『分析論後書』についての予備知識がまったくなくとも読むことができるはずです。

 

 

ギリシア哲学史

ギリシア哲学史

 

第5章「アリストテレス」の中の第2節「知識」で『分析論後書』の議論がかなり細かく紹介されています。

加藤先生は旧版の岩波アリストテレス全集の『分析論後書』の翻訳者です。

ギリシアに絞っているとはいえ、日本人による「哲学史」の本の中でこれほど詳しく『分析論後書』の議論が説明されたのは初めてだったのではないでしょうか*1

 

西洋哲学史 1 「ある」の衝撃からはじまる (講談社選書メチエ)

西洋哲学史 1 「ある」の衝撃からはじまる (講談社選書メチエ)

  • 発売日: 2011/10/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

第5章「アリストテレス」の中の第5節「知」で『分析論後書』が紹介されています。

執筆者は慶應義塾大学の金子善彦先生です。

こちらは上記の加藤先生のものに比べ記述が平易で、かつ、『分析論後書』と自然哲学との関係性にも目配りを示している点に特徴があります。

また、基礎措定についての解釈方針など、私自身も同意する箇所が多いです。

 

第III部がアリストテレスに充てられており、その最終章である第15章で『分析論後書』が扱われています。

アリストテレスの議論のすべてを救おうとせず、一貫した解釈が難しい場合にはそれを明言する点に特徴があります。

先の加藤先生や金子先生による説明と天野先生のこの批判的な読み筋を比較すると、『分析論後書』というテクストについての理解がより深まると思われます。

 

言語哲学大全2 意味と様相(上)

言語哲学大全2 意味と様相(上)

  • 作者:飯田 隆
  • 発売日: 1989/10/30
  • メディア: 単行本
 

序章「必然性小史――アリストテレスからフレーゲまで」の冒頭部で、『分析論後書』の議論を参照しつつ、アリストテレス哲学における本質と必然性の関係についての簡潔にして要を得た説明が展開されます。

読み進めるにつれ、アリストテレスの議論の哲学史的重要性を徐々に理解できる仕組みになっています。

私自身、『分析論後書』を本格的に読解・研究する前に飯田先生のこの箇所を読み、その重要性をよく理解することができました。

 

第3章において、アリストテレスの『分析論後書』における知識観が、ソクラテスプラトン保有していた確実性への指向の影響のもとで成立した「過去指向の知」であることが明らかにされます。

飯田先生の本と同じく、『分析論後書』の議論を特定の哲学史的流れの中で理解することができると思います。

 

第2章「科学はヨーロッパから生まれたのだろうか?」において、『分析論後書』で提示される「論証科学」という枠組みが中世イスラーム世界でどのように受容されたかが詳しく説明されています。

先述の飯田先生や大出先生の著作が『分析論後書』の哲学史的重要性を提示する一方、こちらはその科学史的影響力を学ぶことができます。 

 

 

 

以上の本を読み『分析論後書』で論じられている内容について当たりをつけることができたら、次は「『分析論後書』を〈読む〉」ことにチャレンジしていけると思います。

*1:私が無知なだけの可能性があります。情報提供をお待ちしています。