サラマンドラの水槽

μία γὰρ χελιδὼν ἔαρ οὐ ποιεῖ, οὐδὲ μία ἡμέρα. (Arist. EN. 1098a18-19)

入門書?研究書?

 

本書は、アリストテレスにおけるアクラシア(意志の弱さ・抑制のなさ)問題の考察を行ったものです。

 

同シリーズの中でもかなり気合の入った本です。『ニコマコス倫理学』に多少なりとも触れたことのない人は、まったく読めないのではないかとも思います。

このシリーズの目的が、個々の哲学者(ないしその哲学)への入門にあるとするならば、本書はその目的から大きく逸脱していると言わざるをえません(ただ、アリストテレスの思考の強靭さを知ることは十二分にできます)。

 

この事情はおそらく、議論内容に対するページ数の少なさにあります。

扱う問題自体も「アクラシア」という大変なものであるのに、さらに、アクラシア問題解決のための議論がかなり詳細に、テクストに密着しながら行われています。

本書が研究書や論文で参考文献に挙げられることが多いのは、このような背景があるからでしょう。

 

本書はまさに入門書と研究書の間にあるような本であり、『ニコマコス倫理学』を一度読んだ読者が、そこで扱われているアクラシア問題に興味を持った時に、最大の効力を発揮するのではないかと思います。

 

あと、φρόνησιςを一貫して「思慮」と訳していたのに、97ページでφρόνιμοςを「賢慮ある人」と訳しているのがよくわかりませんでした。